ここ1週間ばかり、リアルで感じたことのまとめメモみたいなものです。

こういう機会にはやはりきちんとメモでもいいので、文章に残した方がいいと思いましたので。

暗めですので、ご注意を。





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1月半ばに修士論文の発表会がありました。
その前に論文を主査の先生に見せるために、年末年始で出かける用事以外はほとんどPCに張り付いて執筆していました。かなり頑張って引用して、誤魔化しましたね!←
また人前に立って話をするのが苦手な自分は、発表会というものがどうにも未だに慣れず……地味に準備して望んだら、意外とどうにか質問回答できてほっとしていました。
その時、副査の1人の先生によく書けていると褒められて嬉しかったですね~(照)

その後、ひたすら修正と推敲の毎日……。
自分なりに考察もかなり加えて、いよいよ最終審査(口頭試問)が翌々日に迫った日のことでした。


母方の祖父が亡くなったという、訃報が突如入りました。


月に1、2回母親が介護に行く日で、運良くも、悪くも母親が第一発見者となってしまいました。

もともと癌持ちで、若干痴呆が悪化していたり、いつかは――と覚悟はしていましたが、あまりにも突然でした。

……その後色々とありつつその日は過ぎ、その間父親がすごくいい働きをしていたらしく、店を閉めて、新幹線とタクシーを乗り継いで母親の実家に急行、祖父のために泣き、亡くなった場所に花を添え、また父方の祖父も3年前に亡くなっており、その時に色々と段取りはわかっていたらしく、進めていたらしいです。
改めて父親はいい人だなと思ったりしました。普段は融通が利かない、自己中心な人なんですけどね……。

私とはいうと、あたふたしてもしょうがないと思い、料理以外の家事を地味にやっていました。
飛んでいくべきなのかと思いましたが、父親が傍にいるのなら、私は私でやるべきことがあると思ったのです。
一度帰宅し、翌日に再び行った父親がぼろぼろになった母親を連れて帰ってくれました。


そしてその翌日は最終審査の日。
副査の一人がすごく厳しいことで有名な人で、どんな質問が来るか、びくびくしながら待機していました。

……が、質問など一切なく、むしろよく書けていると褒められました。

内心、非常に驚いていましたね。
えええ、あの論文でいいのかいーー!?

友達とか主査の先生も言っていましたが、すごく珍しいことらしいです、その副査の先生が褒めているの。
きっと誤魔化しが上手くいっていたのだと判断しましょう!←

そしてまあすぐに審査会議が行われ、無事に合格。
つまりほぼ修士課程の修了が確定しました。

まずは母親に連絡、夜には父親にもご飯を食べながら。
あと部活の顧問にも大学時代から院生時代まで世話になっていたので報告したら、すぐにメールが返ってきて、それを読んだら、いよいよ私もこの大学を離れるんだなと実感しました。

……墓前にいい報告ができると一安心しました(まだ入っていないだろう)。



そして週末の土日に通夜と告別式が行われました。

90歳でした。

世間一般から見れば、大往生です。

あそこでああすれば、もう少し生きられたかもしれないと思っても、しょうがないのです。
不運が重なった、それだけです。
また、ある意味、寿命です。
そう思わなければ、残された側はいつまでも悩み続けてしまう……悩んでも変わらないのですから、そう解釈するのが一番だと思うのです。

祖父は晴れ男だったようで、寒いながらもとてもいい天気の2日間でした。
風がほとんど吹かない静かな日。
火葬場は小高い丘。何もなく、音もなく静かな空間。
そんな場所から、死者の肉体から魂が抜けていく――。
そこからいったいどこに行くんでしょうね、亡くなった人の魂は。

祖父の遺体を見た時は、さすがにぎょっとしました。
死ぬ直前に倒れてしまったらしく、痛々しい跡が至る所に。
けど受け身だったらしく、骨折はなかったようです。すごい。
これを見た母親はいったいどういう気持ちだったのだろうか。1日中泣きっぱなしだったのもわかります。
いくら嫌っていた父親、親不孝な娘だったのかもしれないけれど……おじいちゃん、最期にちょっとやりすぎだろう……と思ったり。
けど、母親というか身内に発見されて良かったのがせめてもの救いだったらしいです。
運が良かったのか、悪かったのか……いったいどっちなんでしょうね。


ここしばらくは寂しいし、切ない日々が続いていましたが、母親がだいぶ参っているようなので、私まで落ち込んではいけないと思い、気丈に振る舞っていましたが、やはり最後の別れの時は本当に駄目でしたね。
綺麗になっていく姿を目の当たりにし、まったく別人みたいな顔になり、また穏やかな表情になり。
そんなおじいちゃんの周りに花を詰めていく作業をしていると、本当にお別れなんだなと思ってしまう。
もう生きていないのに、どうしてこんなにも寂しいのだろうか。
もうその顔を実物で見ることはできないからだろうか。

――遺骨を入れる際、嘘みたいに落ち着いていました。
記憶に残っている限りで最も古い、父方の祖母の時(12年前くらい?)は、火葬場で骨を拾う時の印象が強すぎて、怖くて、寂しくて、そんな想いしかなかった。
父方の祖父の時(2年半前)もやはり若干ながら寂しかった。

けど今回は――すごく立派な骨があるのだなと、関心していたのです。
骨壺がいっぱいになって、本当にすごいっと。

……大人になったのか、物事への割り切りができるようになったのかわかりませんが、葬式へ行く心境が年々変わっているように思います。
慣れとはまた違う感覚です。葬式は何度参列しても慣れません。すごく疲れます。


今まで、記憶に残っていないのも含めて、4人の祖父母、そして1人の友人の葬式に参列しました。
この歳では多い方なのですかね。
ご焼香とか、兄嫁よりも遥かに慣れているくらいですから←

どの葬式に参加して思えるのは、もっと生きている人間は精一杯生きて、やりたいことをとことんやるべきなんじゃないのかなと思うのです。

特に友人の死は衝撃的でした。
私よりも遥かに頭が良くて、名高い大学に入学したばかりの前途有望な女の子。
そんな子が突然死んでしまう世の中――。

いつ死ぬかわからない、そして生きていることが幸福であるはずなのだから、それを無駄にはできない……と。
たとえ失敗をしてもやり直しがきくのだから、もっととことんやるべきだろう……とも。

それを今回、改めて思い直しました。


――四十九日までは、残っている者が亡くなった者に対しての心の整理をする期間だそうです。
しばらく母親はぼーっとしている日が続くでしょうから、私もなるべく力にはなりたいと思っています。

私も人生を見つめ直しつつ、前へと進んでいきたいです。
今回、修士論文で頑張った成果は、きっと目に見えないところで、自分の肥やしに確実になっているとも思いながら。
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